お葬式高速化TIPSまとめ

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お金じゃ買えない価値がある、買えるものは、お葬式で。

母お母さん
厳しくて愛情を表すことが苦手だったお母さん手をつないで歩いた記憶も抱っこされた記憶もない私です。(手も膝もいつも弟のものでした)でもやっぱり愛おしい大好きな大切な大切なお母さんです。
母をどうしてもおばあちゃんと呼べない私、おばあちゃんになってもやっぱり私にはお母さんなんです。

その母が昨日(25日)朝6時47分 亡くなりました。
施設から連絡があってすぐに駆けつけたお嫁さんにも会わず、旅立っていきました。
私は、その前の晩から具合が悪く、一晩中嘔吐を繰り返し、そのために駆けつけることもできませんでした。
その前日、(金曜日)会いに行った時には「〇〇が来たよ。」って名前を告げたら頷いてくれました。
最近は寝ていることが多く、会いに行っても頷くぐらいでお話はできませんでした。
手が温かい時は手をさするとぎゅっと握り返してくれました。でも手が冷たい時は顔をしかめて振り払われました。
お母さん…

大正12年生まれ  94歳
長い人生、いろいろなことがあったでしょう。
お母さんの人生で一番大きなことは、従軍看護婦としてラバウルに行ったことでしょうか。
南方の野戦病院、赤痢の患者、マラリアの患者、そして傷ついた兵隊さんたちの苦しみと看護をする看護婦さん
竹を敷いた下に肥えツボを置いて垂れ流しだったことその壺の中の糞尿を看護婦が天秤で担いで捨てに行ったこと
水は貴重だったので看護服は海水で洗い、汚れが落ちなかったこと
ラバウルの夜は星空がとても綺麗だったこと
土人(母は現地の人をこう呼んでいました)から「あなたはきれい」と言われたこと
ラバウルのいろいろな話をたくさん聞きました。
ここでは書ききれないほど沢山の出来事
その話から母が肋膜を病みながら無事に日本に戻れたのも戦地から怪我をして入院していた父と病院で出会ったことも、そして私が生まれたことも全て奇跡なのだと子供の頃から思っていました。
お母さんから聞いた戦争の悲惨さ、忘れません。
長い間、ご苦労様
ありがとうございます。
大好きだよ。お母さん

養護教諭だった母と修学旅行で撮った写真

父の絵の前の母

母と小学五年の私

明日、お通夜です。
そして葬儀が水曜日
母の8人兄妹は7人亡くなり、一番下の妹(叔母さん)が81歳でただ一人になりました。
叔母さんに会いたいです。そしてたくさんの従兄弟たちにも
笑顔でいっぱいのお葬式でお母さんを送ります。


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高校の頃に付き合ってた彼女が電車に飛び込んで自殺したらしいから、昔の好でお葬式に行ったんだけど何故か焼香投げつけられて追い返されてきた。
本命盤が解散したらお葬式状態
あんた今日、お葬式に行ける服装やな。って、褒められた💕
数珠も持ってるよ!!w https://t.co/qv0V01nRFM

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