お葬式にチャレンジ入門ガイド

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お葬式や泥棒が存在する世界に、僕の愛する家族は住んでいる。

 日付がそろそろ翌日に変わろうとしていた。昨日より膨らんだ月が、少し西へと傾く。僕は無言で歩く河村の後ろを少し離れ歩いている。その河村は、僕の方を振り向く事なく山爺の家へと歩き続けていた。「河村!」「しつこい奴だなぁ、ついてくるなよ!」 河村は立ち止まり、僕を睨み言う。「山爺の家に何しに行くんだよ!」 僕も立ち止まり河村に言う。
 すぐ先に見える山爺の家の瓦は、月夜に照らされ輝きを放ち、軒下に影を落としていた。暗い森に囲まれた夏野菜は、月夜の蒼白い光を浴びながら静かに佇んでいる。森から出てきた4頭の鹿は、僕らを見つけると暫く様子を伺うが、森へとゆっくり帰っていく。
「お前には関係ないんだよ。俺と久士の問題なんだ。ほっといてくれ!」 河村は、捨て台詞のようにそう言い歩き続けていた。山爺の家の敷地に入り畑を抜け、クスノキの方へと……  クスノキは、子供の頃、僕ら三人がいつも拠点にしていた場所だった。クスノキに登ると、いつも互いの秘密をばらし合い笑い合った。互いの悩みを共有し合い泣いた。そんな時は山爺の畑から収穫した緩い夏野菜を木の上で食べるのが定番だった。 そしてこの場所で、僕らは『幻の蝶』を見た。そう、忘れられない僕らの大切な思い出の拠点なのだ。 「ついて来るなって言っただろ」
 クスノキの下まで来た河村は声を殺し言う。「そういう訳にはいかないんだよ」「は?」「お前の勝手にさせる訳にはいかないんだ」「何言ってんだお前」「なんとでも言えよ。とにかく」 次の瞬間、河村は薄く笑った。「なんだよ」「いや……匠の真面目な顔が笑えただけ」「バカかお前」 僕も少し笑った。ようやくいつもの河村が少しだけ戻ってきた気がした。 しかし、僕らは暫く適当な言葉をかき集め話す事すら出来ず、ただぼんやりと月を眺めているだけだった。
本当に河村が投石の犯人なのだろうか?月を眺めている河村を見て、ふとそんな気もした。 河村の怒りと悲しみは、三年経った今でも変わってない事は僕にも分かる。その原因となる久士を恨まない筈がないと僕は思っている。だから父親である山爺の家に、行き場のない怒りをぶつけてしまうのも当然考えられる。しかし……
「あのさ匠、生きる事と死ぬ事、あるだろ?」
 河村が最初に口火を切る。「……」「この二つの次元における最大公約数について考えた事あるか?」 二つの次元? 最大公約数? 河村が月を眺め一人呟くように言った。「俺、最大公約数なんて意味分かんねえし」 河村はやっぱりなと言う顔で僕を見る。僕は河村を睨み返す。一無知な男で悪かったな!「俺は、生と死を取り巻く最大公約数は『声』だと思うんんだ」「声……」「全く違うと思われる両者に存在する共通項。それは『声』だと、俺は信じてる。『声』だけは両者に存在する」「……」「ただし、全ての人間における生と死の最大公約数ではなく、声を必要としている者にだけ最大公約数が存在する」「はぁ……」「匠は信じないだろうけど」「……」「俺は信じる」「……」「『声』が生と死の最大公約数だと」「……」「だから……」「……」「俺は、久士と話をしに来た」 河村は真面目な顔をして僕を見る。理解し難い話を懸命にする河村。そして三年が経とうとしている今もなお、悲しみが続く河村。何もしてやれないでいる自分が情けなかった…… 「河村、あのな、久士は死んだ。可奈ちゃんも死んだ。死んだ人間と、話は出来ない。分かるか?声は、自分の幻聴なんだ。最大公約数とやらは、存在しない……」「お前に存在しないだけだ」「河村!」「俺は久士と話が出来るんだ」「河村……」「俺は、久士に聞きたい事があるんだ」 河村はそれ以上何も言わなかった。
「河村、少しだけでいいからさ、そろそろ心に隙間を作らないか?じゃないとお前は一生このまま」「分かってるよ!匠に言われなくても分かってるんだよ!」「……」「ただ俺は……俺は…どうしても今、久士と話がしたいんだ」「……」「今になってどうしても聞きたい事があるんだ」「……」「帰ってくれないか?」「……」「お前がいると久士に会えない」「……」「俺は久士にどうしても会いたい」「……」「頼むから、一人にさせてくれ」「……」「頼むから……」「……」「頼むから……帰ってくれよ」「……嫌だね」 僕は静かに河村に言った。河村の目頭からは、涙が筋になり流れていた。  僕が河村の涙を見たのはこの時が初めてだった。子供の頃からいつも冷静で常識的な河村は、人前で涙を流し取り乱す奴ではなかった。可奈ちゃんの葬式の時ですら、僕たちの前では涙を見せなかったのだ。ただその事を僕の息子廉だけは、今だに気にかけていた。そして廉は三年前からずと、僕に、こう言い続けている。
一河村先生、お葬式で泣かなかったよ。匠、先生にハグしてやりなよ。僕が悲しい時ハグしてくれるでしょ。ひとまず泣いちゃいなってハグしてくれるでしょ。それと同じ事してあげなよ。早く泣かせてあげなよ。可哀想だよ。  今更ハグは出来ないが、一人にはさせない。何も出来ないが、一人にはさせない。それだけしか、今の僕には出来なかった。 
「しつこい性格は健在なんだな」 河村が口を開いたのは、かなり時間が経ってからだった。河村はクスノキの太い幹をゆっくり擦り、静かに合掌。それから山爺の家を後にして歩き始めた。僕も河村の背中を見ながら一緒に歩いていた。「しかも一緒にいて暑苦しい」 河村が吐き捨てる様に僕に言う。なかなか失礼な奴だが今は我慢。「それだけが取り柄でしてね」  僕は河村の背中に言う。河村は少しだけ笑った。それから暫くして、深いため息をついた。「匠」「……」「間違えるなよ。俺は久士の事は恨んでない。今まで恨んだ事もない」「……」「久士は今でも俺の憧れなんだ」「……」「本当に……今でも憧れてる」「……」「確かに取り残された感はあるよ。出来れば、俺も一緒に連れてって欲しかった」「……」「お前だって同じだろ。仮に、仮にだよ、家族から取り残されるなら一緒にって……」「……」「何で自分だけ生きてるんだって、いつまでも自分を責めて生きるより……俺は、強く生きられないから、できれば……一緒がいいって」「……」「でも生きなきゃならないって事も、分かってる。あいつらの分までとは言わないが生きなきゃならない。教師だし、子供たちの成長を見守る責任もある。それも分かってる。どんなに辛くても……分かってるんだ俺は。たださ……」  河村は、それ以上何も話さなかった。僕も何も言わず歩き続けた。河村の心に突き刺さる槍が痛々しく、なんでこんな事に
なってしまったのかと自分の不甲斐なさを責めた。僕は、久士が事故死する頃まで奴とは会っていたのだ。なのに何も気がつかなかった。久士と可奈ちゃんとの事も。 それ以上に最悪なのが、僕は久士を避けていたのだ。毎回金をせびりにくるうっと惜しい奴だとすら……思っていた。
「匠」「ああ」「俺はさ、久士じゃないと思ってるんだ」
「何が?」
「可奈の好きだった男」「……」「久士は可奈のタイプじゃない。俺には分かるんだ。可奈は、もっとゴツゴツして尚且つ優しい男が好きなんだ。だから、俺も、タイプじゃないんだけどな」 長身で細身の河村は、そこまで言うと僕を見て少し苦笑いした。僕も、シャツに伝う汗を感じながら少し苦笑い。
「今でも、どうしても解せないんだ。俺たちが、可奈を久士に合わせてないならどうして」「河村、その話はもうしない約束だろ。久士はコンサルティングの仕事なんだ。交友関係は広い。たまたま」「たまたま久士が巻き込またんじゃないかって俺は言いたいんだ!」「久士が巻き込まれた?」一まさか……「俺は最近そんな気がするんだ。可奈に、巻き込またんじゃないかって……」「考えすぎだよ」 僕はため息混じりに言った。それは違う。久士は、河村の知る久士じゃなくなってたんだ。僕は、そう言ってしまおうかと思ったが、奴をこれ以上悲しませたくはなかった。「河村は、何でも考えすぎなんだよ」「……本当にそうかな?」 河村は独り言の様に、僕に言った。  
「それなら最大公約数、良かったのかよ?久士が教えてくれるんじゃないか?真実」「今日は止めとく」「いいのか?」「お前がいると久士には会えそうにない」「そうか、それは悪かったな……」「……バカにしてるだろ」「え?」「お前、絶対に俺の事バカにしてるだろ」「してないよ。けどさ……」「けど?」「河村がモテそうでモテない理由は分かった気がした」「は?」「一度自分に聞いてみな」「お前、絶対に俺の事バカにしてるよな」「してないよ。絶対にしてない」「してるよ。顔笑ってるし」「笑ってないって」
ガシャン!!

突如、山爺の家の方から窓ガラスが割れる音がした。しかし僕たちが振り向いた時には、暗黒にいる大きな魔物が、大きな口を開け音を飲み込んだ後だった。魔物は、深海の中にいる様な静寂さだけを残し消えていた。
「今の何?」 河村は呟くように言った。が、次の瞬間山爺の家に走りだした。僕も慌てて追いかけたが、山爺の家に着いた時には既に誰もいなかった。河村も山爺の家に入りいなかった。山爺の家からは、河村の興奮気味な声と山爺の穏やかな声が交互に聞こえていた。
割れたガラスの破片が、きらきらと月明かりに反射して輝く。「誰なんだ!!出てこいよ!顔出せよ!」 僕が黒い森に叫ぼうが答える者はなかった。森に向かって石を投げようが答える者はなかった。呆然と森を見詰めるが答えてくれる者はなかった。誰も何も答えてくれる者はなかったのだ。 ただ僕は南風が強く吹く中、畑の中央からあの石の棒が久しぶりに顔を出しているのを見付けた。 僕らが子供の頃タイムカプセルを埋めた目印に建てた石の棒。それは僕らの友情の証しだった。永遠の友情の目印だと僕らが誓い合って建てたものだ。
 そして、河村が犯人ではなかった。  なのに僕は、河村を犯人にしていた……石の棒は悲しく、蒼白い月明かりを吸い込むように小さく照らされていた。                 next ……⑩ 青のビーチサンダル
  《このブログはフィクションです》
最後まで読んで頂きありがとうございました。次回もよろしくお願い致します。写真はInstagram掲載済みのものです。本文とは関係ありません。   ナツソラ楓


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ショックだったな…。旦那は、大ちゃんのお葬式に行ってたな…。 https://t.co/Q6k11gzdj7
@keisukedosu 現社ほんまに死ぬかもしれへん
お葬式来てな
兄が「なんで女って結婚式にこだわるんだろう」って言ったとき奥さんが「あのね、親戚とか友達とか自分の大事な人達がみんな集まってくれるのは人生で3回しかないんだよ。生まれたときと結婚式とお葬式。その中で記憶に残るのは結婚式だけでしょ?」って。なんか心に響いた。そんな朝でした。

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